Stardust Crown
浮気妻あるいは不貞妻の問題として知られている論理パズルです。確証までは得られませんでしたが、物理学者として知られているジョージ・ガモフ博士の考案(紹介?)という話もありました。(今回の出題のように浮気をするのが夫側の場合もあります。)
※この物語には残酷な描写および性差を協調するような表現等が含まれておりますが、なぜかこの手のパズルには多いお約束ですので予めご了承ください。
昔々、あるところに『青髭村』という村がありました。
そこの男たちはたいへんに熱しやすく冷めやすいたちでして、結婚している夫であっても、別の男の妻を必死に口説いて浮気するということが珍しくありませんでした。その村には百組以上の夫婦がおりましたが、十人もの夫が浮気をしていたのです。
一方の女たちはたいへんに噂話を好みました。特に男たちの浮気に深い関心を寄せていました。そんな状況が狭い村で繰り広げられるので、浮気の事実があれば忽ち村中の噂になるわけですし、話題にのぼればどこの誰が浮気しているのかはすぐにわかってしまうものですが、それでも容赦なくそんな噂ばかりしておりました。
とはいえ、さすがに節操というものがありますから、いくら何でも当の本人の目の前でその夫が浮気しているとお話することは絶対にありませんでした。
つまり、村の女の中で一人だけ、浮気男の妻だけが夫の裏切りを知らない、そんな状況が当たり前だったのです。
ただ、その二つの、美点とはいいがたい特徴を除けば、教養深い妻たちはしっかりとした論理的思考ができますし、また、お役所のいうことは何でも事実とみなし、また、命じたことはどんなことでも必ず守る従順さはありました。
さて、この村には領主がおりました。領主は、男の浮気が蔓延っている現状を嘆き、また、女の噂がそれをさらに助長していると憂慮していました。
とそんなあるとき、領主が王国の宴会に招かれる機会がありました。国王に謁見できるほど偉い貴族ではありませんでしたが、それでも気心の知れた貴族仲間と国のあるべき姿について熱く語り合いました。
そこで領主は自分と同じ悩みをもつ別の男爵と出会います。男爵は『赤髭町』の町長を務めていましたが、赤髭町の状況は青髭村と全く同じだというのです。
二人はいかにして状況を改善しようかと相談します。しばらくすると、そこへ領主の村の長老が近づいてきました。自分はもちろん浮気などしていないそうですが、年の離れた若い妻が噂好きなのに困り果てているそうで、また、長老として同じように状況を憂慮していて、それで、浮気をなくす秘訣を思いついたので領主に進言しに来たのだそうです。
それは少々過激過ぎるような法令を発するという案でしたが、長老は脅しにすぎないと苦笑しました。そして、むしろ脅し文句よりも、人目を引くような法令を発布し、その背景をしっかりと説明することが状況を改善する切り札だと主張したのです。
その説得を受け、領主も男爵も長老の策に期待を抱くようになりまして、とにかく実行に移してみようという話になりました。領主と男爵とは、それぞれ領地に戻って早速新しい法令を発布することにしたのです。
ただし、男爵の方は念のため執事に相談してからのつもりです。執事といっても、幼い頃から一緒に育ち、また、同い年くらいで結婚したことから、様々な経験や悩みを共有している親友のような存在です。男爵は、重要なことを決定する前に、大抵彼に相談する習慣があったのでした。
次の日、青髭村に次のような過激な立て札が立ちました。以下の法令を、日が暮れる前にすべての妻が目にし、また互いに噂しました。
法令の下す命令と、なぜその命令が下されたのかを説明する付記があります。
ちなみに、噂好きの村ですから、この法令の下、もし妻が自分の夫を殺したとなれば当然に村中の噂になるでしょう。(なお、この国では女は強いので、夫を殺そうとすれば確実に成功します。)
ちなみに、長老は領主に次のように説明していました。
領主様、実際にこの法令を発布したしても、妻が夫を殺すなどという惨劇が起こるはずはありません。なぜなら、妻は自分の夫の噂だけは聞くことができないからです。そして浮気をしている夫は残念なことに2人以上存在します。ですから、『自分の夫が浮気をしているとはっきりわかる』という状況は生まれないのです。ご安心ください、これは一種の抑止力でしかありません。むしろ大事なのは付記の方です。
一方、赤髭町には次のような立て札が立ちました。町の状況は青髭村と同じです。
法令も青髭村と基本的に同じですが、ただし付記がありません。これは、直前になって執事が次のように述べたからでした。
いや男爵様、ちょっとお待ちください。考えてみれば、付記は必要ないのではありませんか。なぜなら、残念ながら、この町には少なくとも2人以上の浮気夫がいるからです。言い換えれば、赤髭町の妻たちは一様に噂話をしていますので、どの妻も『町に浮気をする夫がいる』ことを既に知っています。つまり付記が示すようなことはどの女も初めからわかっているのです。ですから、改めて宣言する意味のない情報に思えます。
それほど噂話を好まない男爵は正確な人数や人物は知らなかったものの、執事の言う通り、少なくとも2人以上の浮気夫がいることは事実として知っていました。ですから、執事の意見ももっともだと思いました。さらに執事が、過激な殺しの文句を単体で載せることでそこが一層強調されるとも付け加えたので、男爵は助言に従い付記を削ったのです。
青髭村はこれからどうなるでしょうか? 村の辿る運命を考えてください。
※ なお、当たり前ですが、状況が落ち着くまで他の干渉はありません。
赤髭町はこれからどうなるでしょうか? 町の辿る運命を考えてください。
さて、この国にはもう一つ、白髭市という街があります。その街のすべての夫は貞淑(浮気をしない)ですが、それ以外は、女が噂好きなところ等を含め、青髭村や赤髭町と全く同じ状況です。
立て札を頼まれた職人さんが間違って、『白髭市』に青髭村や赤髭町の看板を立ててしまったらどうなるでしょうか? 青髭令(a)と赤髭令(b)それぞれの場合で考えてみてください。(ただしもちろん、町村の名前は白髭市のものに読み替えます。)
この手の問題ではまず簡単な場合で考えるのがコツです。いきなり十人も浮気していてはたいへんですから、まずは浮気している夫が一人だけだった場合はどうなるかを考えてみましょう。
このヒントでも不足ならば、浮気されている妻がどう行動するかを考えてみてください。そこから二人、三人、四人……と浮気の人数を増やしていきましょう。
問一に自信を持って解答できたなら、実のところは簡単な問題です。
問一に正解すれば青髭令の場合はすぐに答えがわかるでしょう。問二に正確すれば同じく赤髭令の場合も簡単です。
青髭村では、その後しばらく、表面上は平穏な日々が続きます。それでもそれはどこか恐ろしい静けさでした。
領主の狙い通り、男たちは青髭令に恐れを為して一斉に浮気を控えるようになります。一方の女たちは相変わらず毎日、朝早くから井戸端に集まって噂話をしておりましたが、それはそれまでのような花を咲かせるという類ではなく、声を潜めるようにして、また、互いを見つめる顔に暗いものを漂わせながらの、まるで密談という感じの緊迫したものに変貌しました。
法令発布から一日また一日と時が過ぎていきます。領主は、どうやら自分の法令が原因だとわかったものの、村の異様な雰囲気をあまり理解できず、幾分か戸惑いを禁じえません。
一方、法令を進言した長老は一見すると落ち着いていたのですが、まるで噂をする女たちのように、時折見せる表情にはどこか暗いものがありました。
そうして、お触れの札が立ってから十日目の朝のことです……。青髭村に惨劇の報が駆け巡りました。……十人もの男が(一斉に)その妻に殺されたのです!
さて、領主のその後の調べで、殺された男は全員が浮気をしていたことがわかります。ですから領主は、法令に従っただけの女を罰することはできませんでした……。
領主は衝撃を受けましたが、ただ、殺された男の一人の浮気相手が長老の歳若い妻であって、長老がその妻の浮気を以前から察していたらしい、というところまでは調査の手が回らなかったということです。
一方の赤髭町では、立て札を立ててからの様子が少し異なりました。同じく平穏な日々でしたが、文字通り平穏だったのです。
しかも、男爵の狙いとは反して、赤髭町の男たちは赤髭令を恐れませんでした。まるで、何事もなかったかのように皆が浮気を続けていました。一方の女たちも、相変わらず毎日、朝早くから井戸端に集まって明るく噂話に花を咲かせておりましたし、互いを見つめる好奇心に満ちた顔にも変化はないようです。
法令発布から一日また一日と時が過ぎていきます。領主からの伝書鳩で伝わった青髭村の様子と比較して思えば、いつもと同じこの雰囲気が幸いなのかもしれません。もっとも男爵には、いったいなぜ同じような法令がどこか異なる状況を生んでいるのかわかりませんでした。
一方、法令の修正を持ちかけた執事は、澄ました顔で男爵の屋敷の切り盛りをこなし続けており、相変わらず夫人や子供たちからの受けもよいようでした。
そんな中、お触れの札が立ってから十日目の朝が訪れました……。赤髭町では何も起こりませんでしたが、代わりに青髭村の惨劇の報が伝わって来ました!
男爵はたいへんに驚き、赤髭町での事変を警戒して夜な夜な町の身回りを行い町民の安全を確認しましたが、結局いつまでも妻の夫殺しが発生することはありません……。
男爵はほっとしましたが、ただ、自分が屋敷を留守をしているときに、自分の“忠実な”執事がいったいどこで何をしているのかまでには注意を回すことがなかったということです。
白髭市ではどうでしょうか?
誤って発布されたのが青髭令だった場合、白髭市では法令が発布されたその夜が明けるまでに全ての妻がその夫を殺します。(濡れ衣なのですが……。酷い話ですね。)
誤って発布されたのが赤髭令だった場合、白髭市でもやはり何も起きません。(よかったですね。)
先に述べたヒントに従って考えてみます。まずは浮気している夫が1人だけだった場合から、問題の条件を確認して状況を整理していきましょう。
浮気夫が1人の場合は、前提条件から、浮気されている妻は『浮気している夫』がいるということを知りません。(その妻に対して浮気の噂は話されません。)なお、自分の夫については『自分の夫は浮気しているか浮気していないかどちらかである』となります。(別に浮気していないことが確定するわけでもないのです。)
また、『自分以外のすべての夫については、彼(ら)がもし浮気していれば、それを自分が知ることができる』わけですから、(対偶をとって)『自分が浮気知らない以上、(少なくても)自分以外のすべての夫は浮気していない』となります。
以上、簡単ですが、念のため論理で念を押しました。
しかし、青髭令の付記が『青髭村に浮気をする夫がいる』ことを告げています。
この2つから導かれる論理的な結論はなんでしょうか? 『自分の夫が浮気している』ですね!(詳しい論理は後述します。)したがって、この浮気されている妻は次の朝までに夫を殺すことになります。
以上から、もし浮気している夫が1人ならば、1日後に、その妻が浮気をしているただ一人の夫を突き止めて殺すことがわかりました。
さて、ここから浮気夫の人数を増やしていきますが、以下では簡単のため、背理法的思考を『妻は(基本的に)夫を信じている』という表現で行います。
背理法では、先ほどの浮気夫が1人の場合、3つ目の『仮定』として『自分の夫は浮気していない』を付け加えることになります。すると1番目の条件と併せて『すべての夫は浮気していない』になり、2番目の条件と矛盾しますから、故に(他の2つの条件は事実=真ですので)『仮定』が誤りであるとし、ここから『自分の夫が浮気している』を導くのでした。
以降では、この、『仮定:自分の夫は浮気していない』を『自分の夫が浮気していないと信じる』と述べます。したがって、特に1番目の条件と併せると『すべての男は浮気していないと信じる』となります。(もし他の事実との組み合わせで矛盾が生じた場合、自分の夫を信じたのが間違いだったと判明します。)
ということで、浮気している夫が2人の場合はどうなるでしょうか? 浮気されている妻にA、Bと名前をつけて考えてみましょう。
まず、A・B以外のすべての妻は『浮気している夫は2人だ』と信じています。
念のためこの一回だけ説明すると、浮気をしている夫は噂によって知ったA・Bの夫の2人(だけ)か、あるいはそれに自分の夫を加えた3人かのいずれかです。これに自分の夫は浮気していないとの仮定を入れ、簡略化して『浮気の人数は2人と信じる』と表現しているのです。
一方、A・B2人だけは、『浮気している夫は1人だ』と信じています。(もちろん、Aは『Bの夫だけが浮気している』と信じていて、Bは『Aの夫だけが浮気している』と信じているのです。)
さて、特にAを取り上げますと、Aは(自分の夫を信じるという前提のもと)、ちょうど我々が前段で『浮気している夫が1人の場合』を考察したのと同じ推論を行い、『Bは明日の朝までに自分の夫を殺す』という結論を導きます。そして、ここには矛盾が生じていないため、夫を信じているのが誤りだと判断できないので、明日の朝までに自分の夫を殺すことはありません。
次の日の朝、状況はどう変わるでしょう? 事実として、Bは自分の夫を殺しません。なぜなら、Bは昨晩、Aと全く同じ推論を行い、Aが夫を殺すと信じたからです。
こうして、新たな事実、『Aは夫を殺さなかった』『Bは夫を殺さなかった』が加わりました。Aにとっての状況を整理します。
これは矛盾を抱えています。そして、覆せる項目(仮定)はただ一つ、『自分(A)の夫は浮気していない』のみです。故に、Aは自分の夫を信じたのが間違いだったと悟ります。すなわち、Aは自分の夫が浮気したとはっきりわかるのです。これは当然、Bにとっても同様です。
したがって、これら2人の浮気されている妻A・Bはその次の朝までに夫を殺すことになります。
以上から、もし浮気している夫が2人ならば、2日後の朝までに、それぞれ妻が浮気をしている夫を突き止めて殺すことがわかりました。
さて、以下は数学的帰納法になるのですが、浮気が3人の場合の考察だけしておきましょう。
A・B・Cの3人の妻の夫が浮気している場合を考えます。この3人だけは、『浮気している夫は2人だ』と信じています。さて、特にAを取り上げますと、Aは、前段の『浮気している夫が2人の場合』と同じ推論を行い、『B・Cが明後日の朝までにそれぞれの夫を殺す』という結論を導きます。そして、ここには矛盾が生じていないため、明日の朝までに自分の夫を殺すことはありません。
そうしてAは2日後の朝を迎えます。状況はどう変わるでしょう? 同様の推論をするので、BもCも自分の夫を殺しません。
こうして、新たな事実、『B・Cは2日後の朝までに夫を殺さなかった』が加わりました。Aにとっての状況を整理します。
この矛盾から、A(および同様にB・C)は自分の夫を信じたのが間違いだったと悟ります。
したがって、もし浮気している夫が3人ならば、3日後の朝までに、それぞれ妻が浮気をしている夫を突き止めて殺すことがわかりました。
以上から、数学的帰納法により、浮気している夫がN人ならば、N日後に、浮気されている妻が夫の不貞を突き止めて殺すことが証明できます。
特に浮気している夫が10人の場合、10日後に10人の浮気されている妻がその夫を殺すということです。
問一のまとめにあるように、青髭村の惨劇は数学的帰納法のような構造から発生するものです。(構造自体はどちらかというと降下的ですが。)
したがって、起点となる『N=1』のときの成立が不可欠ですから、その成立に必要な付記がないと惨劇が発生しない、ということになります。
一方で、執事の下記の主張も真実です。
どの妻も『町に浮気をする夫がいる』ことを既に知っています。つまり付記が示すようなことはどの女も初めからわかっているのです。
しかしながら、改めて宣言する意味のない情報 というのは誤りです。では、『付記の宣言』は具体的にはどのような意味を持つのでしょうか? 先ほどの論理構造に照らして確認してみましょう。
浮気夫が1人の場合、その妻が夫を信じることが間違いだと悟るためには、(問一で述べたように)『浮気している夫が(少なくとも1人以上)存在する』という情報が不可欠です。
したがって、浮気夫が1人の場合は、『付記』がないと惨劇は起こらないということは簡単でしょう。
では浮気夫が2人の場合はどうでしょうか? 確かに、すべての妻は『浮気している夫が存在する』ことを既に知っています。しかしながら、浮気されている妻A・Bについては少々注意が必要です。
なぜなら、AにとってBは、『浮気夫がただ1人の場合の浮気されている妻』なのです。つまり、Aは『Bは浮気夫がいないと考えている』と信じていますし、Bも同様の内容を信じています。したがって、Aが『Bは1日後に夫を殺す』と信じるためには、『Bが浮気夫の存在を(新たに)知った』という情報が不可欠です。すなわち、公式の『浮気している夫が存在する』という宣言が必須になるのです。
つまり、浮気夫が2人の場合の付記の宣言は、単純にすべての妻(本人)に浮気夫の存在を知らしめるためではなく、すべての妻に『すべての妻が浮気夫の存在を知っている』ことを知らしめるために必要となるのです。
浮気夫が3人の場合、まず2人の場合と同じく、すべての妻は『浮気している夫が存在する』ことを既に知っています。それに加えて、すべての妻は『すべての妻が浮気夫の存在を知っている』ことを既に知っています。しかしながら、浮気されている妻A・B・Cについては少々注意が必要です。
なぜなら、AにとってB・Cは、『浮気夫が2人だけの場合の浮気されている妻』なのです。したがって、Aは『B・Cが“すべての妻が浮気夫の存在を知っている”ことをまだ知らない』(Aは『B・Cがお互いに“自分は浮気夫の存在を知っているが相手は浮気夫の存在を知らない”と考えている』)と信じているのです。
したがって、付記の宣言は、すべての妻に『すべての妻が“すべての妻が浮気夫の存在を知っている”ことを知っている』ことを知らしめるために必要となるのです。(言い方がだんだんややこしくなってきました……。)
確かに妻本人に対しては付記の宣言は新たな情報にはなりません。けれども、付記の宣言は、妻が頭の中で考える、それぞれの妻の仮定上の他の妻に対して意味をもつ情報となっているわけです。(階層が深くなっていくと『妻の頭の中の別の妻の、さらにその頭の中の別の妻に対して……』となっていきます。)
まとめると、惨劇は下記の条件が同時に(タイミング的に同一でなくてもよいですが)成立したために発生したことがわかります。
前段の条件は、『すべての妻は、自分の夫が浮気をしているとはっきりわかった場合、次の朝までにその夫を殺さなければならない』の本当の意義ですが、要はこの行為が『村中の噂になる(公になる)』ことがポイントなのです。
そして、後段の条件も、実は惨劇の必要条件の一つだったのでした。
したがって、例えば男爵が考えを変えて赤髭令に付記を追加し、青髭令と同じものにしてしまえば、その時点からちょうど10日後に、同じ惨劇が赤髭町を襲うことになります。
また、逆に付記のみが発布されたらどうでしょうか? それでも、浮気夫が一人の場合の妻は夫の浮気を知ることができます。
また、N=2以上の場合でも、妻たちは(あるいは妻の中の仮想的な他の妻は)『ああ、あの人は夫の浮気に気づいてしまったな』と思うかもしれません。しかし、『N=KからN=K+1』への“波及”(浮気がわかったことを公知すること)がないので、N=2以上の場合には、妻がその夫の浮気を把握することは依然としてできません。
さて、白髭市では、すべての妻は浮気夫が存在しないと信じています。これは、実際に浮気夫が存在しないからなのですが……。
白髭市に青髭令が発布された場合、すべての妻が法令を事実とみなして自分の夫を信じているのが誤りなのだと思い込みます。したがって自分の夫が浮気をしていると判断して夫を殺すわけです。
さてこのとき、すべての妻は『自分だけが騙されていた、何も知らなかったのは自分だけ』と考えてしまうのですが、客観的に見ると、夫全員が無罪なのに、全員が無罪であるがゆえに、全員が同時に(冤罪の)死刑宣告を受けることになるわけです。
白髭市に赤髭令が発布された場合、結果として何も起きないのは赤髭町と同じですが、内面的には微妙な差があります。
白髭市の場合、すべての妻は『この市には全く関係のないこと』だと信じるわけでして、それは事実と一致しています。しかし、赤髭町の場合、妻たちが『浮気はあるのだけれども、浮気を知らない人がいるため(より正確には“浮気を知らない人がいると信じている人がいる”等々のため)、全体が明るみに出ることがない』と判断するために何も起きないのです。
著作・制作/永施 誠