携帯のインパクト

 ケータイ−携帯電話−に代表されるモバイル・コミュニケーションの浸透は、人間環境にどのような変動をもたらしているだろうか?
 ここでは、“コミュニケーションにおけるプライバシー”に焦点をあてて考察してみたい。

プライバシー空間

 コミュニケーション手段の携帯性を考えるとき、その携帯性が必然的に個人に付随するものだということが重要であろう。そこで、“プライバシー”が依って立つところを考えてみよう。

固定電話

 例えば、旧来の固定電話は家族が共有して使用する。固定電話は「家」に付随するコミュニケーション手段といえる。したがってコミュニケーションの部分では、個人のプライバシー空間同士が“家族のプライバシー空間”の中に、緩やかに接続されていたといえるだろう。
 やがて固定電話も、さらに「親機」「子機」に分裂して「個室」に付随するようになり、コミュニケーションにおけるプライバシー空間は一応、分離できるようにもなったのだが、しかし、同時使用の制限や、受信の問題(電話を取るまで誰に対する連絡であるか明確でない、あるいは誰からの連絡かがわかってしまう)が以前として残っていた。

携帯電話

 携帯電話の登場により、まず第一に、そのような制限が完全になくなった。個人のプライバシー空間が、家族共有のそれから完全に独立したのである。(そもそも、携帯電話は個人が文字通り携帯するものだから、必然的に一人につき一機の携帯が必要となる。)

 コミュニケーション手段の携帯性は、さらに劇的な変化を生む。従来の「固定電話の子機」では、個人のプライバシー空間は「個室」でしか成立しえなかった。つまり、プライバシーは場所と結びついた概念だったのである。しかし、自分だけのコミュニケーション手段を携帯することで、我々は個人のプライバシー空間を公共の場所に持ち出せるようになった。特にコミュニケーションは本質的に双方向性があってはじめて成立するものだから、公衆電話では成しえなかった、情報の受信機能が大きいと言えるだろう。これは、言い換えれば、プライバシー空間が当然に相手の場所にも依存しなくなった、とも表現できる。
 したがって、コミュニケーションにおけるプライバシーは、場所ではなく、時間−いつ携帯電話を扱えるか−と結びついた概念に変更されたのである。(より厳密に言えば、「場所と時間」から「時間」のみになったと言える。)

プライバシー時間

 空間的な制約を考えれば、次は時間的な制約に目が向く。携帯に必須の機能であるメールから、時間的制約の変化を考えてみる。

メール

 また、モバイル・コミュニケーションによって広く普及するようになった「メール」というコミュニケーション手段にも注目しておきたい。「メール」は、送信者も受信者も自由な時間を選択することが可能な連絡手段である。つまり、電話は好きな時間にかけられるが、そのとき相手の都合がよいかどうかはわからない。しかし、メールは好きな時間に送信できるし、受信側も自分が暇なときに読めばよいのである。
 これによって、コミュニケーションのプライバシーは、場所だけではなく、時間においても、より広い自由を獲得したのである。先に述べたように、コミュニケーションは本質的に双方向性があって成立するものだから、リアルタイムの会話をしたいとしたら、プライバシー空間を「自分の」時間だけでなく、「相手の」時間とも結びつけなければならない。しかし、メールを用いることによって、コミュニケーションにおけるプライバシーは「自分の」時間にのみ接続すればよいのである。

手紙

 なお、ここで、これまでの代表的な「自分の」時間にのみ接続すればよかったコミュニケーション手段である「手紙」と比較してみよう。手紙は何よりも時間がかかり、それゆえに様々な作法を付随させる「格式」をまとっていた。そうして手紙が結果的に、書き手としての自分にも、読み手としての相手にも、格式による負担をかけていることは事実であろう。
 その点、「メール」はリアルタイム性と非同期性を兼ねそろえているため、(特に携帯のメールでは)手紙のような作法がほとんどなく、したがって気軽である。プライバシー空間を気軽に持ち歩くという点は十分にクリアされているといえよう。

結論

 すなわち、モバイル・コミュニケーションの普及によって、それまで「双方の場所と時間」に縛られていたコミュニケーションのプライバシーが、「自分の時間」のみに依存するように変化した、といえるのではないだろうか。

 携帯にまつわるマナー等を含めた諸問題も、このようなプライバシーの持ち出しという観点から考察できるかもしれない。

 ついでに……、コミュニケーションの制約という観点から考えてみると、『2ちゃんねる』のような匿名掲示板は、相手を特定しない−任意の名無しがいればよい−新しいコミュニケーション手段なのかもしれない、とも思える。

著作・制作/永施 誠
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