Stardust Crown
この問題は表題の通り“ジレンマ”であり、正解・不正解を考える類のものではありません。簡単に言えば「個々が利益を追求した行動を取ると全体の利益が損なわれる場合がある」という話になり、その根拠となる“合理的判断基準”について考える教訓です。
(正確には“囚人”ではなく“容疑者(被疑者?)”だと思うのですが)囚人Aの物語を考えてみましょう。AはBと共謀して気に入らない悪友Cを襲い大怪我を負わせました。計画的犯行だったので、Cは加害者をまったく確認できていません。ところが二人は、襲撃の成功を祝って酒を飲んだ店で酔っぱらいに絡まれ喧嘩をしたあげく、相手に軽傷ながら怪我を負わせてしまったのです。運の悪いことに相手は司法関係者で、二人とも警察に逮捕されてしまいます。
そしてさらに悪いことに、警察はC襲撃の犯人として、二人を疑っていました。しかし、今のところ決定的な証拠がないので、二人のうちどちらかの証言が欲しいところです。そこで警察は、AとBを別々の個室で取り調べ、何とか自白を引き出そうとすることになります。
取り調べの警官は脅します。
「傷害事件だからな。軽傷とはいえ、初犯でもないし、刑務所に一年は入ってもらわないとな。もちろん、執行猶予はなしだ。」
囚人Aは黙ったまま警察をにらみ返します。
「ところでCの襲撃事件だが、警察も手を焼いていてね。共犯なんだろうが、片方の犯人が自首してくれれば、特別に傷害事件も含めて見逃してやってもよいな。」
囚人Aは意外に抜け目ない性格でしたので、念のために確認しました。
「そんな酷い奴が世の中にはいるんですかい。……で、もしそういう場合、両方が自首した場合はどうなるんで?」
警官はにやりと笑います。
「両方が自首した場合はCは重傷だったから、二人とも懲役五年だ。だが、もっと酷い場合もある。おまえが黙秘を続けて、Bが自白した場合だ。そのときは、おまえが全ての罪を被って懲役八年を背負うことになる。……そういうわけだから、自白するんなら早めにすることだな。」
そんなことを言われましたが、囚人AはBも全く同じように脅されているであろうとわかりました。囚人Aは、正直言って今回の喧嘩は囚人Bのせいだと思っていました。(しかし囚人Bも、おそらく今回の喧嘩は囚人Aのせいだと考えているでしょう。)それでちらりと囚人Bを裏切ることも視野に入れて、囚人Aは頭の中で状況を整理してみます。
A\B | 自白(裏切) | 黙秘(協調) |
---|---|---|
自白(裏切) | 懲役五年 | 無罪放免 |
黙秘(協調) | 懲役八年 | 懲役一年 |
※左縦列にAの選択、上横列にBの選択、交叉項目にAの刑期を示しています。例えば「Aが自白(裏切)しBが黙秘(協調)」した場合、「Aは無罪放免」になるわけです。
そして囚人Aはシミュレーションしました。
※不等号は損得を示します。いずれにせよ、先の選択肢の方が魅力的なわけです。
すなわち、いずれの場合でも自分(A)は自白(裏切)した方が良いということになります。そこで、囚人Aは自白することを決意したのですが……。
しかし、囚人Bも囚人Aと全く同じ推論をするでしょうから、囚人Bも自白するのではないでしょうか? 二人を併せた刑期を考えるために、囚人Aだけでなく、囚人Bも含めた全体の刑期を表にしてみましょう。
A\B | 自白(裏切) | 黙秘(協調) |
---|---|---|
自白(裏切) | A:懲役五年 B:懲役五年 計:懲役十年 | A:無罪放免 B:懲役八年 計:懲役八年 |
黙秘(協調) | A:懲役八年 B:無罪放免 計:懲役八年 | A:懲役一年 B:懲役一年 計:懲役二年 |
※左縦列にAの選択、上横列にBの選択、交叉項目にAおよびBの刑期を示しています。例えば「Aが自白(裏切)しBが黙秘(協調)」した場合、「Aは無罪放免、Bは懲役八年」になるわけです。
つまり、個々の利益を重視する行動を選択する結果、全体の利益として最悪の選択肢「両者とも自白(裏切)する(計:懲役十年)」を選んでしまうことになるのです。とはいえそれを見越して互いが全体を最善にする選択肢「両者とも黙秘(協調)する」を選ぶだろうと推論するなら、やはり裏切りの誘惑がちらつくのです……。
我々は一般に『合理的な判断』を志向します。上記では、個人の利益を最重視したわけです。ですが、それに相手の行動が絡んでくると問題は単純ではありません。
最悪の選択肢「両者とも裏切」を避け、「両者とも協調」で妥協することを決断するためには、次のような要件が必要でしょう。
Yの条件は、相手も自分(X)と同様に判断するであろう、という前提になります。また、2が成立するのは、1のような報復を恐れるからです。つまり1X・1Yより、「両者が裏切」という状況が生まれそうだと考えて、「両者が協調」の方が望ましいと判断するわけです。ただし、2X・2Yの保証がないと協調に踏み切れません。
これは繰り返しゲームにおいて有効な『鸚鵡返し戦術』の裏付けでもあると考えられます。つまり、妥協の用意はしながらも、決して報復を怠らないという姿勢です。
上記では、自分の選択が通知されることを前提としています。もともとのジレンマ的状況では、独立して判断していたわけで、妥協を探る余地は少なかったのですが、このようにコミュニケーションを図ったり、あるいはゲームを繰り返しことが、『協調』に誘導するために有効だと言われています。
表を用いて囚人のジレンマの状況を説明しましたが、このように両者二択の行動の選択肢を交叉させ、互いの得点(例では刑期を考えていました−符号を反転させれば得点として扱えるでしょう)を考えることができます。
付け加えて、AとBは対等の状況が設定されますので、表は次のように一般化できます。(ちなみにこのような得点表を利得行列と呼びます。)
A\B | 裏切 | 協調 |
---|---|---|
裏切 | A:P点 B:P点 計:2P点 | A:Q点 B:R点 計:Q+R点 |
協調 | A:R点 B:Q点 計:Q+R点 | A:S点 B:S点 計:2S点 |
さて、ここで一般に『囚人のジレンマ』と呼ばれるゲームになるには、大きく分けて次のような2つの条件があります。
せっかくですから、この条件が成り立たない場合がどんな状況なのか、少し考えてみましょう。ただし「条件1のみ成り立たない」場合は、みんな協調すればよいという(ある意味でつまらない)話になります。
条件1も条件2も成り立たない場合は、献身的な行動が互いの重荷になる例で、個人の利得から考えると協調を選ぶことがよいにも関わらず、協調によって全体の利益が損なわれるという状況です。これは『囚人のジレンマ』の裏返しになります。(『囚人のジレンマ』の『協調・裏切』を入れ替えただけで実質的に同じジレンマです。)
A\B | 買わない(裏切) | 買う(協調) |
---|---|---|
買わない(裏切) | A:0点 B:0点 計:0点 | A:−2点 B:1点 計:−1点 |
買う(協調) | A:1点 B:−2点 計:−1点 | A:−1点 B:−1点 計:−2点 |
AとBはお互いにクリスマスのプレゼントを贈ろうと思っています。『協調』がプレゼントを買うこと、『裏切』がプレゼントを買わないことを意味します。ここで、AとBは善人なので、プレゼントを受け取ることよりも、プレゼントを贈ることに喜びを覚えます。むしろ、自分だけプレゼントを買っていないと大きな罪悪感に襲われてしまうのです。ただし、プレゼントを買うためには、自分の髪を切ったり時計を質に入れたりせねばならず、そうすると相手のプレゼントが無意味になるのでした。
この場合、両者とも『裏切』って借金を作らずにありのままの二人でクリスマスを迎えればよいのですが、ついつい相手を喜ばせたくて『協調』してしまい、無意味なプレゼントと借金が残る、ということになってしまうのですね。
条件2のみ成り立たない場合は、利己的な行動に走ることが第三者から見ても(全体の福祉を考えて)やむなし、という話です。(これはジレンマではありません。)
A\B | 蹴落とす(裏切) | 離れる(協調) |
---|---|---|
蹴落とす(裏切) | A:1点 B:1点 計:2点 | A:2点 B:0点 計:2点 |
離れる(協調) | A:0点 B:2点 計:2点 | A:0点 B:0点 計:0点 |
AとBは同じ船に乗っていましたが、船は嵐に打ち砕かれてしまいました。懸命に波の上に身体を浮かばせた両者は、一人分の(元の話では板でしたが)浮き輪に同時にたどり着きます。この浮き輪を手にすれば、捜索隊が駆けつけるまで溺れずに済むでしょう。しかしながら、浮き輪は一人を助ける力しかなく、もし二人で掴んでいたら、すぐに諸共に沈んでしまいます。
AとBはもちろん、自分は助かりたいと考えています。『裏切』は一人だけ助かろうと相手を蹴落としにかかる選択です。『協調』は相手を助けるために自主的に浮き輪から離れるという選択です。生き残ると2点、溺れ死ぬと0点ですが、互いを蹴落とし合う場合(両者が裏切を選択した場合)は運のよい片方のみ生き残れるものとして1点と決めます。(結果的に、片方が『協調』を選択させられることになるわけですが、事前にどっちが勝つかは予測できません。)
この場合は、合計得点を見てもわかるように、両者が死んでしまっては元も子もないですし、一人だけでも助かった方がよいでしょうから、緊急避難として、裏切を選択することも許容されているわけなのです。