Stardust Crown
初版:2002-11-22
ふと目を覚ました。窓からは既に陽光が差し込み、開いた扉の先まで、朝の訪れを告げている。そして、その光の中に浮き上がるように、真っ白い馬が一頭、扉の向こうを見遣って佇んでいた。
暫く見つめていると、白馬はゆっくりとこちらを振り返る。水色の大きな瞳と目が合う。角が生えている、もしかすると一角獣なのか。そう思い至った時、白の化身は目をそらした。視線の先には寝室の外からも見える青空がある。一角獣は、軽やかに窓を飛び越えて、どこかへと駆けて行ってしまった。
そうして、呆然とした私だけが、夢現のまま独り取り残される。
手掛かりは夢の残り香。私は尋ね歩き、多くの人に話を聞こうとした。――白い馬を知りませんか、昼の月よりも白い馬です。水色の瞳をもっていて、額からは一本の角を生やしています。――
だが、大人たちは怒り出した。――自分には既に仕事があるから、そんな夢と付き合っている暇はない――と。あるいは手元の書類に視線を戻しながら、あるいは台所の鍋の火に注意を戻しながら、それぞれの生活に帰っていく。
一方で、仕事のない子供たちは、くすくすと笑うばかり。――ぼくたちは今、遊ぶことで忙しいんだよ。――それぞれの笑い声をあげながら、鬼ごっこやお絵かき、そんな懐かしい遊戯へと走り出してしまう。
私はそれでも尋ね歩いた。遂に遊ぶ子供たちを眺めていた一人の老人が教えてくれた。――ああ、儂も以前に追い求めたことがある。もう止めても無駄なことはわかっているから、答えだけを教えてあげよう。森に行ってごらん――と。
そこはいつか歩こうと計画していた森だった。木漏れ日をもたらす太陽は、もう西に傾いてしまって、辺りにはうっすらとした暗さが忍び寄っている。時折、がさがさと木の枝を掻き分けながら、奥へ奥へと進んでいった。昔ならば狼にも怯えただろうが、勇敢な獣たちが姿を消して久しい。かわりに、私のような逸れ者が、気紛れにもっと別の生き物を探しているのだ。
やがて、そこには彼の獣を追って駆けだす私がいた。何時の間にか一角獣の後ろを走っているのだ。いつ、どこで、どうやって見つけたのか。そんなことは、もう忘れてしまった。私の目の前に白の化身が見える。その事実が大切だから。私はひたすら走る。
一角獣は、付かず離さず、ゆったりと駆けている。捉えられそうで、決して手に触れることのできないその足取りを追う。優しくも厳しい視線を向けられているような気がしてならなかった。もう捕まえようとは思わない。ただただ、わたしは一角獣に連れられて駆けている。
そうして、私は森の泉のほとりに佇んでいる。頭上には満月が見える。一角獣は、あの月まで昇っていったのかもしれない。だとしたら、人間の自分には、もう追うことはできまい。また独り、取り残されてしまった。
ふと泉を覗き込んだ。そこには独りの老人の姿がある。その瞬間、私は悟った。追い求めていた一角獣は、時の化身でもあったのだ、と。時間を追い駆ければ、老いてしまうのは必然の運命であろう。
その場にしゃがみこむ。一角獣をはじめた見つけたとき、私は確かに、そのもう一つの正体に気付いたはずなのだ。それを思い出そうとしたのである。――暫くすると、天空に黒い雲が流れてきて、満月を遮るように、湖にそっと影を投げかけた。
朝が来たので、私は目を覚ます。雨戸を閉めているせいで、まだ暗い部屋に身を起こしながら、何やら奇妙な気分に包まれていた。どうも、自分が一角獣になって森を駆けていた、そんな夢を見ていたような気がするのだ。私は、思わず自分の額に手をやってみる。当たり前だが、そこには角なんか生えていなかった。
【完】
著作・制作/永施 誠