Stardust Crown
初版:2003-05-31
フォルトパイレンは帝都に近い、貴族の統治下にある街だった。クロフィリア山脈の麓からヤックス河を三日ほど下ったあたり、名もない森を南東に、北東から南西の縁に街道に沿った灰色の城壁を備えた、中規模の都市である。人口は二万人ほど、磁器の生産で名高く、フォルトパイレン製の青磁といえばそれだけで高値がつく。商人でもないのに、それを求めてわざわざ訪れる旅人も珍しくない。
けれども、今年の夏に入ってから、フォルトパイレンを訪れる人は急速に減っていた。帝国一帯を流行病が襲ったのである。内臓の機能が悪化する病気だ。大人にとってはそれほど致命的な病ではないが、抵抗力の弱い子供や老人が次々に命を落とした。それで、人々は余計な移動を控えるようになったのである。秋が来て病の猛威も収まりつつあったが、それでも、フォルトパイレンには体を病んだ子供たちが多く、各々の両親の目を湿らせていた。
そんな街に、惨劇と奇跡とが、《黒い獣》と《白い獣》の姿を借りて舞い降りた。
先の新月の夜、まず、貧民街の住人が身の毛がよだつような吼え声を聞いた。怒号のような、立て付けの悪い戸がびりびりと揺れるほどの、激しい叫びだったという。幾人かは、窓の外に星の光をさっと遮る黒い影を見たと話した。そして、一人の少女が、親がなく孤児院に身を寄せる子供が、内臓を喰われて死んだのだ。少女の悲鳴を聞き届けた者はいない。
遺体が発見されたのは翌早朝だったし、本当の真相を知る者はなかったが、吼え声の主、影の正体、そして少女を喰らった犯人は《黒い獣》であるとされた。この晩以来、貧民街の人々は、姿もわからぬ怪物に怯えている。
同じ新月の夜、とある貴族の屋敷に《白い獣》が姿を現した。
はじめに目撃されたのは屋敷の前である。門番たちは、最初は白馬かと考え、暴れたりしないかと警戒したが、知的で静かな歩みをもってしずしずと館に数歩近づくと、突然にふっと姿を消したという。
《白い獣》は次に、主人の令嬢、病に伏せる少女の寝床に現れた。屋敷の奥方は、流行病でもう先は長くないと宣告されていた娘のため、寝台の傍らで係り切りの看病をしていた。何時の間にかの眠りから目覚めて気付いたとき、《白い獣》が娘の枕元に頭を垂れていたという。奥方がはっと立ち上がって椅子をがたりと揺らした瞬間、《白い獣》は、また唐突にふっと姿を消してしまったのだ。
奥方の娘は、夜明けとともに、急速に病状を改善する。不思議なことに、門番も奥方も、《白い獣》の具体的な特徴は何ひとつ覚えていない。ただただ白い、高貴な御姿だっとしか言わないのである。貴族階級の人々は、神の使いかと人智の及ばぬ救いに祈りを捧げている。
「貧者の子は命を奪われ、富者の子は命を救われた……。」
ウェルスは警吏隊の本部で呟いた。彼はフォルトパイレン近衛師団警吏隊所属で、街の治安を維持する役目を担っている。近衛師団というのは、街を統治するフォルトパイレン侯爵直属の軍隊だが、特に警吏隊には平時の警察・司法権が委託されている。当然、職務には殺人事件の捜査も含まれる。
ウェルスは騎士階級で、警吏隊の中では身分の高い出身だから、若くして大きな事件の主任を務められるほどの権限を持っていた。身に纏う大鷹をあしらった紺青の制服はその証である。ウェルスは二十一歳の青年、濃い茶色の髪に茶色の瞳をもつ。職務は肉体労働ではないものが主だが、中肉中背ながら見た目よりもずっと鍛え上げた肉体をもっていた。腰につるす剣も決して飾りではなく、隊の中でも屈指の使い手である。ただし、仕事の上で剣を振るったことはまだ一度もない。彼は少し髪を伸ばしているので、前髪の先を弄びながら、ややもったいぶって続ける。
「二つの事件には何らかの繋がりがある。」
断言する彼の傍らには、同僚のオルシアがいた。オルシアもまた、同じような境遇で、十七歳の女性ながら責任ある地位にあった。要するにウェルスの副官である。やはり紺青の制服を纏い、同じように腰に剣を下げているが、制服にあしらわれているのは大鷹ではなく隼だったし、剣も幾分か短いものだった。肩の高さに切り揃えた黒髪、背はかなり高く、男のウェルスとほとんど変わらないくらいだ。
「どうしてそう言い切れるの? たまたま時期が重なっただけかもよ。それに、殺人はともかく、奇跡は教会の管轄よ。」
オルシアは報告書から顔を上げ、ウェルスに目を向けた。(彼女はウェルスに対等の口をきく。ウェルスにそうするように言われているからだった。)
さて、惨劇と奇跡のうち、ウェルスたちが担当するのは殺人事件、すなわち惨劇の方であり、宗教関連の調査権は持たない。というよりは、普通、誰かが助かったからといって警吏隊が調査するようなことはない。惨劇とて、人ならぬ怪物の仕業となれば、誰が対処するのかはわからないのだが、そこについては突っ込まない。少なくても、ある程度の調査は必要だろうから。
オルシアにとってウェルスは頼りになる先輩であり、いつも示す先見的な見識も高く評価していたが、証拠が乏しい状況でしばしば唐突に真相を断定するので、手綱を引き締めるのが自分の役割であると認識しているのだ。
「簡単に言えば、助かったのが金持ちで、死んだのが貧乏人ということだ。それが気に入らない。」
まったく根拠にもなっていない、ぞんざいな言い方だったが、オルシアは特に反論しなかった。
身寄りのない子供が死ぬということ自体は実は珍しくない。凍死や飢え死は日常茶飯事といってよい。最近では流行病もあって、看取る親もなく、多くの幼い命が失われている。それでも今回、事件が特に注目されたのは、「内臓が喰われている」という猟奇的な事情があるためだ。とはいえ、騒いでいるのは専ら下層階級の人々であって、上層階級は奇跡の方にばかり気を取られ、幼い死に関心を向ける人はそう多くないようだ。
オルシアは、職務的な関わりのせいもあろうが、少女の悲惨な死に心を痛めていたのだが、ウェルスもまた誠実に事件の解決を考えている、そう思えたのである。もしかしたら、ことさらに二つの出来事に関連があると決めつけるのは、浮かれる貴族たちへの当てつけがあるのかもしれない、彼女はそう解釈したのである。
ウェルスはそんなオルシアをしばらく見つめていた。反論を予想して、それを待っているのかもしれない。オルシアが何か言おうとしたとき、
「まあ、いずれにせよ調査が必要だろう。」
そう言って、ウェルスは立ち上がり、オルシアの後ろに目をやった。オルシアは振り返り、そして自分も立ち上がる。
警吏隊本部に隊長が入室してきたのだった。
プルーリック家は、フォルトパイレンの名家の一つとして挙げられる。もともとは磁器を扱う商人だったが、街道の整備に伴う交易の増大に伴って富を蓄え、数代前、遂に男爵家の令嬢を迎えて貴族の仲間入りを果たした一族である。
財力を基盤とするだけあって、貴族街の外れながら、プルーリック家の邸宅は非常に豪奢な作りだった。特に、その富の源泉たる、高価な磁器が屋敷のあちこちに飾られている。一つ一つの磁器が、庶民の生涯の稼ぎをもっても手に出来ないような逸品である。
だが、屋敷は最近、そんな磁器の輝きも曇るような重苦しい雰囲気に包まれていた。今日も、陰気な顔の白衣の男がぎくしゃくと頭を下げて屋敷から出て行く。往診に来ていた医者であった。
プルーリック家の奥方が直々に見送る。地味ながら高級な灰色の服に身を包み、自慢の金髪も短く纏めている。芯が強く美しい気品のある婦人であったが、その青色の瞳には憂いの陰が落ちていた。
「ありがとうございました……。」
身分的にはやや下に位置する男に対し、奥方は真心を込めて頭を下げた。ずらりと並ぶ女中たちもそれにならう。
愛娘のアンジェラが例の流行病に感染し、はや二月になろうとしていた。症状はいっこうに改善しないが、奥方にはさすがにそれが医者のせいではないことを理解していたし、彼が全力を尽くしていること、いやむしろ打つ手がないことを、十分にわかっていた。
医者を見送ると、奥方は、また娘の寝室に足を向ける。
「奥様、そろそろお休みになられた方が……。」
古参の女中の一人が、心配そうに、しかし遠慮がちに声をかけたけれど、奥方は寂しげに微笑むだけであった。そして、二階へ上がる長い階段をひたひたと進む。
娘の部屋は、豪華な屋敷の中で、磁器がほとんどない唯一の部屋といってよかった。親の目からすればまだ幼い娘で、元気に跳ね回ったりもするだろうから、という配慮で、壊れてもよい磁器のかわりの玩具が彩りも様々に並んでいるのである。
由緒正しい家柄であれば、貴族の娘となれば奥ゆかしく育てるのが慣わしであろうが、プルーリック家は新興の一門だ。子供はのびのびと元気に、という家風はかわらない。奥方にも、娘と楽しく遊んだ思い出が随分とある。
都市の外の、交易で手に入れた珍しいものが大半だ。細かい傷がびっしりと刻まれている、剣玉やら、積み木やらの木の玩具などは、もっと幼い頃に遊んだもの。それから、真っ白い人形なんかが目に入る。奥方の趣味でもある手製の衣服で飾られていた。病気になる少し前くらいから夢中になりはじめた装飾品の数々もある。これも近頃は余り手に付けられず、よく手入れが行き届いているので埃こそ被っていないものの、何とも言えない寂しい様子に映る。そして、字を覚えてからは毎日のように読んでいた本の数々。まだ安価とは言えないもので流通量も多くないが、手に入るような子供向けのものはほとんど揃っている。
広い部屋を横切って、奥方はアンジェラの横たわる寝台の側に歩み寄る。青いカーテンが付いていたが、医者が来た後だったので、開いたままだった。アンジェラに付いていた侍女の一人が奥方に頭を下げて静かに部屋を出て行く。広い部屋は、親子水入れずの空間になる。
母娘二人きりでよく遊んだものだ。例えば少し大きくなった最近では、親子のふれあいは一緒に本を読むことが中心を占めていた。しかし今では、そんな余裕はなってしまっている。退屈をもてあますことができないくらい、病状が悪化したのだ。
「どうかしら? 具合はよくなったの?」
それでも、枕元に顔を寄せて熱っぽいアンジェラを見ると、奥方は尋ねずにはいられない。アンジェラは、親譲りの金髪碧眼に、ふっくらとした顔立ちの可愛らしい子で、何よりも九歳ながら聡明な子だった。けれども、真っ白の肌に赤みをさして輝いていたその頬も少しやせこけ、ふっくらという感じはなくなってしまっている。奥方は、娘の少し枝毛に別れてしまった髪を撫でつけた。
少女は母の気遣いをよく感じ取っていたから、本当は、母のためにも「少しよくなったみたい」と言いたかった。せめて、何か気の利いた答えを返したかった。
アンジェラは、ぼんやりと本棚の本に目をやる。『籠一杯の林檎』という本が目に止まる。少し難しい話だったが、だからこそ何度も繰り返して読むお気に入りの本だ。よく母と二人で読み交わしたりもしたものだ。その最後の試みも、終わり近くで中断したきりだったような気がする。
けれども、やはりどうしても体調が優れなくて、何かをする気分にはなれなかった。それで、「もう寝るね」とそれだけ言って、顔を背けることになってしまう。もっとも、アンジェラは布団の中で、母から貰った大切なペンダントをぎゅっと握りしめていた。林檎を象った金と赤縞瑪瑙のペンダントであり、女中に頼んで宝石箱から取り出してもらったものだ。少しでも母の姿が見えないときは、これを手にしていないと不安で堪らないから。
奥方はすぐに自分の過ちに気付いたが、そっと毛布をかけてやるくらいしかできることはない。それから、娘の身体の向こう側に身を乗り出し、その小さな手の上に自分の手のひらを添えた。アンジェラが何かを握っていることに気付く。あのペンダントだろうか。
アンジェラは無理に目を閉じたままではあるが、身をこちらに返して、母の手にそっとペンダントを返した。母はいったんそれを脇に置くと、娘の手を優しく握った。
そのまま、娘の眠りをじっと待つ間、奥方は、ぽつんと座りながら、夫に聞かされた獣の噂に思いを馳せていた。《白い獣》の奇跡の話である。そして、懸命の看病を続ける母の目の前に現れ、苦しむ娘を解放したという天の使いの姿を想像してみた。元気を取り戻す娘の笑顔を思い浮かべる。
彼女は神に祈った。
はたして、娘が病に伏せて以来、何度目の祈りだったろうか。
一人の少年が貧民街の灰色の道を走っていた。年の頃は十前後といったところだが、あまり栄養を取れていないので、それよりも幼く見える。短い黒髪はくるくると巻き毛のようになっていて、綺麗な水色の眼にも目脂がたまってしまっていた。まだそんなに汚れていない赤いシャツは少しはふんわりした様子だが、もう冬も近いというのに靴も履いていなければ、ぼろ切れのような鼠色の半ズボンはひどく薄いものだった。浅黒い肌は灰色に汚れ、寒さのせいか赤みも帯びてきている。
少年の名はリーグンといったが、それさえも他人に与えられたものだった。少年には家族の記憶はない。親切にしてくれた人ならたくさんいたが、誰もが他人だったから、どこかで別れることになった。それで、特定の誰かとずっと一緒にいるという思い出がない。
実は、最近まで兄貴分の別の少年と暮らしていたのだが、彼はある日ふっと姿を消してしまったのである。恐らく例の流行病を煩ったせいであろう、リーグンに迷惑をかけないための配慮であろう、とわかったが、それでも一緒に居て欲しかった。とはいえ、リーグンは、その心遣いには感謝すべきなのかもしれないと思っている。
少年が走る先には、プルスという名の新しい兄貴分が居た。リーグンは、何か生きるために役立つことがないかの、辺りの偵察からの帰りだった。
「プルスさん、通りの向こうでご飯を配っているよ。」
話しかける相手も、リーグンよりは年上ではあったが、それでも十三、四というところだった。それでも、この界隈ではわりと年長の方で、リーグンのような身寄りのない子供たちにはかなり頼られている。『子供の群れ』の指導者格の一人であり、路地の奥の壁にもたれているその周りには、取り囲むようにもっと小さな子供たちが付き従っている。
「そうか。」
プルスが立ち上がると、リーグンよりもだいぶ幼い子供たちも一斉に立ち上がった。何人かの幾分か年長の子供は、仲間も呼び寄せようと、何も言われなくても散っていく。リーグンは、やや急ぎ足で幼い子たちを追い立てるプルスの後に従う。配給を見付けてすぐに駆けて来て、自分もまだご飯にありついたわけではなかったからだ。
プルスは頼れる指導者だった。他の群れには、腕っ節にものを言わせ、手下をこき使って自分は働かないような親分もいる。だが彼は、幼い子供の世話、荷物運びなどの簡単な仕事や、情報収集の割り振りも公平で、自分も同じようにこなす人だった。今回だって、プルスは『群れ』の見張りについていた。かなり良い人なのだが、それでもリーグンは「プルスさん」と呼ぶ。彼が「兄貴」と呼ぶ人間はたった一人しかいなかったし、今はもういないと考えているからである
見ると、ちびたちはプルスの服の裾を引っ張ったりして、離れようとしない子が多かった。例の《黒い獣》のことがあるのだろう。貧民街でも噂は速かったから、誰もが悲惨な死に方をした少女の話を耳にしていた。何人かは少女のことをよく知っていたらしい。なぜか『群れ』は男女別にできるので、余り交流はないのだが、やはり底辺に生きるものたちは何かしら力を合わせなければならないのだ。とにかく生きなければならないから。死ぬのは誰だって怖いのだから。
ところで、配給はとうもろこしのお粥だった。かなりの分量が用意されていて、相当に人が並んでいたが、どうやら自分の番が回ってくるかどうか心配する必要はないようだ。配給は、貧民街の中心地に近い、ちょっとした広場で行われている。かなり立派な仮設テントが張られ、かなり大量の食材が運び込まれた様子である。
行列に並びながら、リーグンは考えていた。噂によると、何でも貴族の街に《白い獣》の奇跡が起きて、その恩恵に感激した金持ちの一人が、俄に慈善家となってこの配給を開催したという。話を聞いたばかりのときは、自分たちには人喰らいの獣を使わしながら、どうしてもともと食べるものに困らない貴族たちの屋敷に救いの獣を使わしたのだろうか、と少しばかりやるせなさを感じた。しかし、リーグンは今は考え直している。もしも《黒い獣》の方が貴族の街に降り立っていたなら、そして《白い獣》が貴族の街に現れなかったなら、この配給はなかったのかもしれない……。
いつの間にかリーグンの番が回ってきた。リーグンは、粥を受け取って、よそってくれたおばさんにぺこりと頭を下げると、どこかに腰掛けて食べようかと辺りを見渡す。と、肩を叩かれた。
「ちょっと付いて来い。」
プルスだった。プルスもまた、粥を入れたお椀を持っていた。いつもはプルスに付きまとうちびたちも、今だけは粥を啜り込むのに夢中で、プルスが離れたことに気付いていないようだった。
リーグンは何の話か検討もつかなかったが、ぼんやりと大人しくプルスに従う。特に反抗する理由もない。二人はまた、路地裏に入り込んだ。しばらく入って、ほとんど人目に付かなくなったところで、プルスは歩みを止めた。そして、同じく立ち止まったリーグンに向かって言う。
「シャツを脱いでこれを着ろ。」
見ると、プルスの右手には、いつの間にか鼠色のシャツが握られていた。今着ている赤いシャツよりもずっとぼろい。リーグンはさすがに、抗議の意を込めて尋ねた。
「ぼくの赤いシャツはプルスさんが着るの?」
プルスはきっぱりと即答する。
「いや、捨てる。」
そして、また、ぐいっと鼠色のシャツを押しつけようとする。リーグンは驚いた。まだ使える服を捨てられるような生活ではない。ましてや、自分の赤いシャツは立派なものだし、そして何より……。
「赤色は危険なんだ。《黒い獣》は赤い服の子を狙うらしいんだ。」
プルスが唐突に言った。声を潜めながらも、強い調子で。リーグンはさらに驚く。そんな話は初めて聞いたからである。うつむき、真偽を検討しようとしていたら、プルスがまた熱を込めて言った。
「この前殺された子がな、赤い服を着ていたらしいんだ。」
プルスは熱弁を振るい、それでリーグンもちょっと怖くなってしまったし、もとよりプルスが本気で心配してくれているのは伝わったから、リーグンは赤いシャツを脱ぎ捨て、替わりにずっと汚い鼠色のシャツを着た。
そして、安心して笑みを取り戻したプルスと粥を平らげてから、二人はもとの広場に戻った。リーグンの捨てた赤いシャツは、実は唯一の兄貴分だった少年が残した最後の品だったのだが、リーグンは路地を振り返ることすらしなかった。
なぜなら、自分の着ているシャツは、もともとプルスの着ていた服だったことが、ようやくわかったからである。そして、プルスの服が、色は同じでも、ずっと薄く、ずっとぼろい別のシャツに変わっていることに、今更ながら気付いたからだった。